「国には備蓄米がある」
この言葉を聞いて、どこか安心していないでしょうか。
しかし災害現場では、備蓄が“あること”と“届くこと”はまったく別問題です。
実際の被災地では、「米はあるはずなのに、今ここにはない」という状況が何度も起きています。
備蓄米は、防災の切り札である一方、誤解されやすい存在でもあります。
■ 備蓄米とは何のためのものか
備蓄米は、本来「すぐに全員へ配られる食料」ではありません。
目的は主に次の3つです。
・大規模災害時の食料供給の“最後の砦”
・市場流通が止まった際の安定供給
・価格高騰や供給不足への備え
つまり、初動対応用ではないのです。
発災直後の数日間を支えるのは、自治体備蓄や家庭備蓄が前提になっています。
■ 「あるのに届かない」現実
過去の災害でも、備蓄米はすぐには届きませんでした。
・輸送手段が確保できない
・精米・炊飯の体制が整っていない
・避難所に配る人手が足りない
特に問題になるのが「炊く手段」です。
米はあっても、
・水
・熱源
・炊飯器具
がなければ、ただの“穀物”でしかありません。
■ 備蓄米は「万能」ではない
備蓄米に過度な期待をすると、次のような落とし穴があります。
・初期3日間を家庭備蓄で想定していない
・高齢者や子ども向けの食形態を考えていない
・避難所生活が長期化する前提がない
結果として、
「国が備えているはずだった」
「行政が悪い」
という不満が生まれます。
しかし実際には、役割の違いを誤解しているだけなのです。
■ 自律型避難と備蓄米の関係
自律型避難の考え方では、
「公の備えに頼り切らない」ことが前提になります。
・最初の数日は自分で持ちこたえる
・備蓄米は“次の段階”の支え
・自分の生活に合った備えをする
この視点がないと、
備蓄米が届くまでの空白期間が、命の危機になります。
■ 家庭でできる“現実的な備え”
備蓄米を正しく補完するために、家庭で意識したいポイントがあります。
・無洗米やアルファ化米を組み合わせる
・カセットコンロ+鍋を必ず用意
・米だけでなく、すぐ食べられる食品も備える
「米がある=安心」ではなく、
「食べられる状態にできるか」が重要です。
■ 備蓄は量より“使えるか”
災害現場では、
・炊けない
・食べきれない
・配れない
という理由で、食料が無駄になるケースもあります。
これは食品ロスの問題であると同時に、
防災計画が“机上”だった証拠でもあります。
備蓄とは、倉庫に積むことではなく、
使い切るところまで想定することです。
■ まとめ:備蓄米は「頼れるが、任せきれない」
備蓄米は、日本の防災を支える重要な仕組みです。
しかし、それは魔法の食料ではありません。
・届くまで時間がかかる
・調理前提である
・初動は家庭が担う
この現実を理解したうえで、
自分と家族を守る備えを重ねることが、自律型避難につながります。
防災は「誰かが用意してくれるもの」ではありません。
備蓄米を正しく知ることが、本当の備えの第一歩です。

コメント