【防災士が解説】阪神・淡路大震災から学ぶべき10の教訓|「備え」が命を守る

はじめに|1995年1月17日、午前5時46分

「ドンッ」という突き上げ。
眠っていた多くの人の命を、たった数秒でのみこんだ地震。
それが、阪神・淡路大震災です。

震度7の直下型地震によって、
• 死者6,434人
• 負傷者約43,000人
• 全半壊した家屋は約64万棟

という甚大な被害が発生しました。

当時はまだ、「地震は東日本(太平洋側)のもの」という認識が一般的だった時代。
都市直下型地震、家屋倒壊、火災、孤立、そして情報遮断。
阪神・淡路大震災は、都市災害の恐ろしさと備えの重要性を私たちに教えてくれました。

この記事では、震災から30年が近づく今こそ見直すべき「阪神・淡路大震災からの教訓10選」を、防災士の視点で解説します。

第1章|死者6,434人のうち、約8割が“家屋倒壊”による圧死

最大の教訓は、「建物の耐震化」が生死を分けたという事実です。

特に多くの方が亡くなったのは…
• 昭和56年(1981年)以前に建築された木造住宅(旧耐震基準)
• 狭小地に建つ2階建てアパートや商店の2階
• 倒壊した家屋の1階で就寝中だった高齢者

▼教訓①:命を守るには「家の耐震診断・改修」が第一
• 住宅の耐震化は、家具の固定や食料備蓄以上に重要
• 古い家に住む人ほど、市区町村の無料耐震診断を活用すべき
• 2025年以降の大震災に向けた「住宅防災」が急務

第2章|発災直後の「初動3分」がすべてを決める

阪神・淡路では、発災直後に逃げ出せなかったことで命を落とした方が多数いました。
• 暗闇の中、家具の下敷きになって身動きがとれず圧死
• ドアが変形して閉じ込められたまま火災に巻き込まれる
• 家族と連絡が取れず、助けに行こうとして二次災害に遭う

▼教訓②:寝室の安全化・防災グッズの配置が生死を分ける
• 枕元に靴、懐中電灯、笛、軍手を必ず置く
• 寝室には背の高い家具を置かない
• 家具の転倒防止を徹底(L字金具・耐震ポールなど)

第3章|「共助」が最大の命綱だった

発災から3日間、行政や自衛隊の救助が届くのを待てた人は、ごくわずか。

実際に命を救ったのは…
• 隣の家の住民
• 商店街の店主
• たまたま通りがかった若者

阪神・淡路では、救助された人の約8割が「家族・近隣住民」に助けられたというデータがあります。

▼教訓③:隣人との「顔の見える関係」が命を守る
• 自治体任せではなく「自分たちの地域は自分で守る」意識が必要
• 日常的に声をかけあい、「災害時の連絡体制」や「安否確認方法」を共有しておく
• 自主防災組織・町内会での訓練参加は“命の保険”

第4章|高齢者・障がい者・要配慮者ほど“取り残される”

神戸市の震災記録では、亡くなった方の約6割が60歳以上。
また、視覚障がい者や車いす利用者は、避難行動に時間がかかり、倒壊・火災のリスクが高かった。

▼教訓④:地域での「個別避難支援計画」が不可欠
• 要配慮者の名簿作成と平時からの訪問・声かけが命を救う
• 避難誘導ボランティアの確保
• 福祉避難所の確保と周知

第5章|発災から3日後、物資が届かず「トイレと水」で地獄絵図に

阪神・淡路大震災では、断水・停電・交通遮断により物資が届かず、避難所では…
• 簡易トイレが不足し、衛生状態が悪化
• 洗濯・入浴ができず感染症が発生
• 赤ちゃん用ミルク・高齢者用介護食が全く足りない

▼教訓⑤:最低3日分の「水・食・トイレ用品」を各自備蓄する
• 飲料水は1人1日3L×3日分=9Lが目安
• 非常食は「おいしい備蓄」を意識(ローリングストック)
• 携帯トイレ(凝固タイプ)を人数分準備
• 生理用品・おしりふきなど衛生用品も忘れずに

第6章|情報が「届かない・信じられない」がパニックを呼ぶ

当時はスマホもSNSもなく、ラジオ・テレビが頼り。
しかし、停電や混乱により正確な情報が入らず、デマが広がった。

例:「神戸に毒ガスが撒かれた」「余震で津波が来る」などのデマにより混乱

▼教訓⑥:信頼できる情報源と“ラジオ”は命を守る道具
• 手回し充電ラジオを1台常備
• Twitter/X、自治体公式LINEなどをフォロー
• 家族で「情報収集ルール」を決めておく(誰が何を見るか)

第7章|火災が「第2の地獄」と化した長田区

倒壊家屋からのガス漏れ、ストーブの転倒、電線ショートにより、震災火災が広がった。

神戸市長田区では、一帯が火の海になり、避難できない人が多数犠牲に。

▼教訓⑦:「電源OFF」と「火器管理」は普段からの習慣に
• 外出時・就寝時はブレーカーを落とす意識
• 石油ストーブは「耐震自動消火機能付き」を選ぶ
• LPガス・カセットコンロの保管も注意(ガス漏れ防止)

第8章|「行政支援」は思ったよりも“遅れる”

被災者からは、「もっと早く来てほしかった」という声が多数。
災害の規模が大きくなるほど、行政支援は機能不全に。
• 避難所開設が遅れる
• 食料・水が届かない
• 自衛隊の派遣要請が遅れた

▼教訓⑧:「自助7割・共助2割・公助1割」が現実
• 自分の命は自分で守る「自助」こそ最大の防災力
• 自治体の備蓄や支援を“当てにしすぎない”現実的な視点を持つ
• 近隣との「共助体制」を作ることが公助を待つ力にもなる

第9章|学校が「避難所」として機能しなかった例も

避難所として指定されていた学校が…
• 倒壊して避難できなかった
• トイレが使えず衛生環境が悪化
• 教職員や管理人が不在で対応できず混乱

▼教訓⑨:避難所は「行ければ安心」ではない
• 事前に避難所の場所・ルートを確認(徒歩で)
• できれば第2避難所も候補に
• 地域の避難所運営訓練に参加し、運営側の視点も持つ

第10章|「忘れない」ことが“最大の備え”

30年近く経ち、阪神・淡路大震災の記憶は徐々に風化しつつあります。
しかし、あの教訓は今なお、私たちにとって最も価値ある“防災教材”です。

▼教訓⑩:「記憶を継承」することが、未来の命を守る
• 子どもと一緒に震災資料館を訪れる
• 家庭で「1.17」「3.11」「9.1」に防災会議を開く
• SNS・ブログ・地域で、体験を発信・共有する

終わりに|「阪神・淡路大震災から30年」私たちは変われたか?

30年が経とうとしている今――
• 地震はまた必ず来る
• 誰かの命が奪われる前に、できることがある
• 「あなたの備え」が、あなたと家族の命を救う

防災は、行動です。
「備えておけばよかった」と後悔しないように。
今日から、ひとつずつ始めてみませんか?

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