能登半島地震から時間が経つにつれ、「復旧は進んでいるはず」「いずれ元に戻る」という空気が生まれがちです。
しかし、現地では今も復興が道半ばであり、その根底で静かに進行しているのが「瓦礫を撤去する人がいない」という構造的な問題です。
災害対応の現場に立ってきた立場から見ても、これは単なる人手不足ではなく、防災の前提そのものが揺らいでいる問題だと感じています。
■① 災害直後に命をつないだのは誰だったのか
能登半島地震では、発災翌日から幹線道路の復旧や道路啓開が始まり、孤立集落の解消につながりました。
この動きを支えたのは、自衛隊や医療機関だけではありません。
自らも被災者でありながら、瓦礫撤去や道路復旧に動いた地元建設業者の存在があったからこそ、外部支援が現地に入ることができました。
被災地派遣で現地に入った際、重機の音が再び聞こえ始めた瞬間に、住民の表情が少し和らぐ場面を何度も見ました。
道路が通るということは、支援が届くということ、そして「取り残されていない」という安心につながるからです。
■② 建設就業者の減少が意味する防災リスク
建設就業者は、ここ四半世紀で大きく減少しています。
特に深刻なのは、地震や豪雨など自然災害が頻発する地域ほど、若年層が減り、高齢化が進んでいる点です。
このままでは、次の大規模災害で次のような事態が現実になります。
・道路啓開が遅れ、救助・医療が届かない
・瓦礫撤去が進まず、二次災害の危険が増す
・仮設住宅やインフラ復旧が長期化する
これは「復旧が遅れる」問題ではなく、「助かるはずの命が助からなくなる」防災リスクです。
■③ なぜ建設の仕事が選ばれなくなったのか
被災地を歩くと、地域住民は建設業者に強い感謝と敬意を持っています。
それにもかかわらず、若者の入職は進んでいません。
背景には、
・建設業を知る機会の少なさ
・古いイメージの固定化
・専門教育を受けられる高校の地域偏在
といった構造的な要因があります。
実際に現地で話を聞くと、「仕事の中身を知らないまま選択肢から外している」という声が多く、知る機会があれば選択は変わると感じました。
■④ 災害対応は“当たり前”ではなくなりつつある
災害現場では、
「瓦礫は誰かが片付けてくれる」
「道路はいずれ通る」
という前提で多くの計画が立てられています。
しかし、LOとして自治体の災害対応を支援した経験からも、その前提が崩れた場合、行政も住民も判断が一気に難しくなることを痛感しました。
復旧を担う人材がいなければ、計画も制度も機能しません。
■⑤ 建設人材を増やすことは最大の防災投資
建設就業者を増やすことは、単なる産業政策ではありません。
それは「次の災害で命を守る力」を社会全体で育てることです。
・若者が現場を知る機会を増やす
・老朽インフラの更新と耐震化を進める
・地域に根付いた建設企業が継続できる環境を整える
これらはすべて、防災対策であり、減災投資でもあります。
■⑥ 海外に学ぶ「復興を支える思想」
イタリアでは、災害後も人間らしい生活を守ることを前提に、迅速な仮設設備や食事提供が行われます。
その背景には、「災害時でも生活を保障する」という社会的合意と、それを支える建設人材の存在があります。
日本でも同じことを目指すなら、建設業を「裏方」ではなく、防災の中核として位置づけ直す必要があります。
■⑦ 防災は備蓄だけでは完結しない
防災というと、備蓄や避難行動に目が向きがちです。
しかし、本当の防災力とは、被災後に社会を立て直す力を含めた「耐災害力」です。
瓦礫を撤去できる人がいること。
道路を復旧できる人がいること。
それが、次の命を守る備えになります。
■⑧ 今日から考えたい最小の一歩
自分や家族の防災を考えるとき、
「誰が復旧を支えているのか」
「その人たちがいなくなったらどうなるのか」
を一度考えてみてください。
防災は個人の努力だけで完結しません。
社会の基盤を支える人たちがいてこそ、避難も復旧も成り立つという視点を持つことが、これからの防災に欠かせない判断軸になります。

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