冬の富士山での遭難が報じられるたびに、「無謀だ」「自己責任だ」という声が上がります。
しかし、現場を知る者として言えるのは、
冬の富士山は“経験者でも遭難する山”だという事実です。
見た目は美しい。
しかし中身は、氷と爆風の世界です。
■① 冬の富士山は“別の山”になる
開山期の富士山と、冬の富士山はまったくの別物です。
8合目以上はアイスバーン。
表面はスケートリンクのように硬く凍り、
アイゼンの爪さえ刺さりにくい状況になります。
一度滑れば、止まりません。
何百メートル、場合によっては何キロも滑落します。
私は山岳救助隊経験者として、
滑落現場を何度も見てきました。
「止まらない」という恐怖は、
現場でしか実感できないものです。
■② 爆風は“想像の上”をいく
富士山は独立峰。
森林限界を超えると、風を遮るものはありません。
突風で人が宙に浮く。
これは誇張ではありません。
救助活動中、
耐風姿勢が一瞬遅れただけで身体が浮くこともあります。
爆風は体力や経験では防げません。
気象条件がすべてを支配します。
■③ 「装備があれば大丈夫」は誤解
十分な冬山装備をしていても、
遭難は起きます。
天候の急変
視界不良
体力低下
雪面状況の悪化
どれか一つでも崩れれば、
プロでも撤退を選びます。
現場で多い誤解は、
「ベテランなら安全」という思い込みです。
違います。
ベテランほど“撤退判断が早い”のです。
■④ スニーカー登山の危険性
毎年少数ながら、
軽装での入山者がいます。
スニーカー
アイゼンなし
ピッケルなし
これは登山ではなく、
氷の斜面を走るのと同じです。
滑落=即重大事故。
冬の富士山は、
観光地ではありません。
■⑤ 救助は簡単ではない
積雪期の救助は、
スノーボート搬送が基本です。
10人以上の隊員が必要になり、
夜間は下山できないこともあります。
救助要請から到着まで、
数時間かかるのが普通です。
そして、
救助中に二次遭難の危険もあります。
私自身、被災地派遣や山岳救助現場で
「救助側も命がけ」という現実を何度も感じました。
■⑥ なぜ遭難は繰り返されるのか
最大の原因は、
「想像できない」
ことです。
遠くから見た富士山は穏やか。
冬も晴れている日が多い。
しかし、
山の上は別世界。
経験の浅い登山者、
観光感覚で入山する人、
海外からの登山者の増加。
状況は変わっています。
■⑦ 入山は禁止ではないが…
冬季は登山道は通行禁止ですが、
入山自体は禁止ではありません。
つまり、
“自己判断”
に委ねられています。
だからこそ、
判断力が最大の装備になります。
■⑧ 冬富士に必要なのは技術よりも判断
技術も重要です。
装備も重要です。
しかし一番大切なのは、
「今日は引き返す」
と決められる力です。
それが自律型避難の考え方にも通じます。
命を守るのは、
挑戦ではなく、判断です。
■まとめ|冬の富士山は観光地ではない
冬の富士山は、
日本屈指の厳しい山です。
経験者でも遭難する。
装備があっても危険。
だからこそ、
安易な入山は命取りになります。
結論:
冬の富士山は“自己責任”ではなく、“自己判断力”が試される山である。
元消防職員・山岳救助経験者として言えるのは、
救助現場で後悔の言葉を聞くことほど辛いものはありません。
登る前に考える。
引き返す勇気を持つ。
それが最大の防災行動です。
■出典
朝日新聞(2026年2月8日配信)

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