【防災士が解説】能登半島地震が「陸の孤島」になった本当の理由

2024年元日に発生した能登半島地震。

発災直後、多くの地域が長期間孤立し、
「陸の孤島」となりました。

通信も道路も発達した現代日本で、
なぜ支援はすぐ届かなかったのか。

この問いは、
首都直下地震や南海トラフ地震を控える私たち全員に
直結する問題です。

今日は、
能登半島地震から見えた
“孤立”の構造を整理します。


■① なぜ能登は孤立したのか

能登半島地震(M7.6)は、
日本海東縁ひずみ集中帯で発生しました。

震源断層は約150kmに及び、
道路の陥没・崩落が広範囲に発生。

さらに、
沿岸部では最大約4mの隆起が発生し、
港が使用不能になりました。

道路も港も使えない。

結果として、
支援の入口が消えたのです。


■② 日本海側特有の地震リスク

日本列島は4枚のプレートが重なる変動帯。

太平洋側の巨大地震は有名ですが、
日本海側でも逆断層型地震が繰り返し発生しています。

1940年積丹半島沖地震
1983年日本海中部地震
1993年北海道南西沖地震(奥尻津波29m)

津波到達時間が短いことも
日本海側の特徴です。

「津波は太平洋側」という思い込みは危険です。


■③ インフラ格差という現実

今回明らかになったのは、
インフラ整備の地域差です。

大都市は対策が進み、
過疎地域は後回しになりがち。

その結果、
道路が一本寸断されると
集落全体が孤立する構造が残っていました。

防災は「想定震度」だけでなく、
「交通網の冗長性」も重要です。


■④ 現場で感じた“到着までの時間”

私は能登半島地震で
穴水町役場にLO派遣され、
家屋被害調査にも従事しました。

現場で感じたのは、

「物資は来る。でも時間がかかる」

という事実です。

3日分備蓄すれば安心、
という前提は崩れました。

道路が寸断されると、
物流は止まります。

孤立は“物の不足”より
“時間の不足”なのです。


■⑤ 日本全体への波及リスク

南海トラフ巨大地震が発生すれば、
被災者は最大6800万人規模。

首都直下地震は
今後30年以内に約70%の確率とされています。

太平洋側が被災すれば、
日本海側が後方支援拠点になります。

しかし、
その日本海側も脆弱であれば
国家全体が麻痺します。

能登の教訓は、
全国の問題です。


■⑥ 備蓄日数の再考

政府は最低3日、
可能なら1週間分の備蓄を推奨しています。

しかし能登では、
10日以上孤立した地域もありました。

家庭レベルでは、
7日以上を現実的目標にすることが重要です。

特に冬季。

水・食料・暖房手段。

“寒さ”は孤立を悪化させます。


■⑦ 日本海側の防災意識

正直に言えば、
日本海側は太平洋側ほど
巨大地震の危機感が高くありませんでした。

今回、
不意を突かれました。

防災は「経験した地域」ほど強い。

経験していない地域ほど脆い。

だからこそ、
今のうちに学ぶ必要があります。


■⑧ まとめ|孤立はどこでも起きる

能登が「陸の孤島」になったのは、

・道路依存構造
・港の隆起
・冬季条件
・インフラ格差

これらが重なった結果です。

しかし、
これは特殊事例ではありません。

山間部も半島部も都市部も、
橋や高架が壊れれば孤立します。

だからこそ、

「支援が来るまで持ちこたえる力」

これが最優先です。

防災とは、
最初の72時間を越える準備。

そして、
1週間を越える想定。

能登半島地震は、
その現実を私たちに突きつけました。


【出典】
内閣府「防災白書」
https://www.bousai.go.jp/

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