昭和43年5月16日午前9時49分、北海道沖を震源とするM7.9の大地震が発生しました。広い範囲で強い揺れが観測され、北海道南部・青森県東部を中心に、死者52人、負傷者330人、全壊673棟、半壊3,004棟の被害が生じました。津波も発生しましたが、干潮時であったため大きな被害は抑えられたとされています。
この地震が今も語られる理由は2つあります。ひとつは「地震火災(ストーブ転倒)」、もうひとつは「鉄筋コンクリート建築物の被害が耐震の常識を揺さぶったこと」です。現代の私たちの備えにも、そのまま通用する論点です。
■① 被害の全体像|揺れは広域、被害は集中
この地震は、海域を震源として発生し、広範囲で有感となりました。被害は北海道南部・青森県東部を中心に集中し、人的被害と住家被害が発生しています。
被災地派遣の現場でも感じたのは、「広域災害は支援が分散し、生活復旧が遅れやすい」という現実です。被害が集中した地域だけでなく、周辺の“被害が見えにくい地域”でも生活は確実に崩れます。数字に出にくい困りごとほど、備えの差が出ます。
■② 津波が小さく済んだ条件|“運が良かった”を教訓化する
津波が発生しても、干潮時であったため大きな被害が抑えられたとされています。これは重要な示唆です。
災害は「条件次第」で結果が大きく変わります。運良く被害が小さかった場合ほど、「次も同じ」と錯覚しがちです。現場では、この錯覚が次の被害を増やします。助かった理由を“偶然”で終わらせず、「次は違う条件で来る」と捉え直すことが備えです。
■③ 地震火災27件|原因の多くが“石油ストーブの転倒”
この地震では火災が27件発生し、出火原因のほとんどが石油ストーブの転倒によるものでした。ただし消防機関の迅速・適切な対応により延焼はなかったと紹介されています。
元消防職員として強く言えるのは、地震火災は「揺れそのもの」より「揺れの直後の環境」で決まることです。倒れる・落ちる・漏れる・触れる。これが重なると、火は小さくても一気に危険化します。延焼しなかった背景には、現場の初動だけでなく、周辺環境の条件や水利、通報体制、住民の初期対応が噛み合った可能性があります。
■④ 耐震神話を崩した“RCの被害”|壊れ方を見ないと学べない
この地震で注目を集めたのは、耐震性能が高いと信じられてきた鉄筋コンクリート建築物で被害が出たことです。建物の一部が圧壊した例や、非常階段の倒壊、校舎の破壊などが報告され、当時の「耐震なら大丈夫」という見方に大きな揺さぶりをかけました。
被災地派遣・LO・元消防職員・防災士として現場で痛感したのは、「建物が倒れない=安全」ではないということです。部分的な壊れ方でも、避難導線が塞がれたり、落下物で負傷したり、出入口が歪んで閉じ込めが起きたりします。建物の“壊れ方”に目を向けることが、避難計画の質を上げます。
■⑤ 体力だけでなく靭性|法改正につながった本質
この地震以降、建築物の耐震性には体力(強さ)だけでなく、靭性(粘り強さ)が重要だと強調され、昭和46年の建築基準法改正時の指針の一つになりました。さらに昭和53年の地震では、改正後の建物への被害が小さく、妥当性が立証されたとされています。
ここでの本質は、「一発で壊れない設計」だけでなく、「壊れながらも命を守る余白を残す設計」です。災害対応では、完璧より“余白”が人を救います。設備も人も、余白があると判断が崩れません。
■⑥ やらなくていい防災|火を消せる前提に頼りすぎない
・「揺れたら消せばいい」と考え、固定や離隔をしない
・ストーブ周りに可燃物がある状態を放置する
・避難経路が家具で狭いままにする
地震火災は“揺れが起きた瞬間”に条件が決まります。揺れてからの対応に期待しすぎるのは危険です。
■⑦ 今日できる最小行動|3つだけで効果が出る
- 熱源の周囲1mに可燃物がないか確認する
- 家具の転倒防止で避難通路を確保する
- 揺れた直後の行動(火・避難・連絡)を家族で一言だけ決める
小さくても“決めてある”ことが、初動を早くします。
■⑧ まとめ|
昭和43年のM7.9地震は、地震火災(ストーブ転倒)と、鉄筋コンクリート建築物の被害を通じて「安全の思い込み」を崩し、耐震の考え方を前進させました。津波が大きくならなかった条件も含め、災害は“条件次第”で結果が変わることを教えています。
結論:
大地震は「揺れ」だけで終わらない。火と建物の“壊れ方”まで想定した備えが、命を守る。
現場では、想定していた人ほど落ち着き、迷いが減り、ケガが減ります。備えは道具ではなく、判断を軽くする仕組みです。
出典:近代消防 昭和43年7月号(No59)寄稿(PDF)
http://ff-inc.co.jp/wpmailmaga/archive_no59_b

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