【元消防職員・防災士が解説】老人ホームが“本当に備えるべき水害対策”|高齢者施設ならではの弱点と対処法

老人ホームは、地震よりも“水害”に弱い。
理由は、自力で動けない入居者が多く、避難に時間がかかるからだ。
さらに、夜間は職員が極端に少ないため、浸水が始まった時点で避難が間に合わないこともある。

ここでは、老人ホームが必ず押さえておくべき水害対策を、現場視点でわかりやすくまとめる。


■① まず最初にやるべきは「ハザードマップで立地確認」

老人ホーム防災の第一歩は、立地の危険度を知ること。

● 浸水の深さは?
● 何分で水が来る想定?
● 夜間に避難が必要なエリア?
● 高齢者の避難には何分必要?

「浸水が50cm以上」と想定されている地域は、避難判断を早めに行う必要がある。
入居者の移動は想像以上に時間がかかるため、一般家庭の2〜3倍の余裕が必要。


■② 夜間の水害が最も危険|職員1〜2名で避難は不可能

老人ホームの水害で一番危ないのは“深夜の急激な水位上昇”。

● 夜勤帯は職員1〜2名
● 電動ベッド・車椅子で移動に時間がかかる
● 認知症の方の誘導が難しい
● エレベーター停止で避難が詰む

結論:
夜中に避難が必要な立地なら、施設自体が構造的に危険。

「避難所より先に“上階避難”」という考え方が必要。


■③ 老人ホームは“上階への垂直避難”がベスト

高齢者多数の施設では、横移動(水平避難)は非現実的。
そこで重要になるのが“垂直避難”。

● 2階以上へ全員を移動
● エレベーター停止を想定して階段誘導
● 吸引器や酸素ボンベの予備を上階に準備
● ベッド移動が難しい人はシートで吊り上げる

垂直避難は、地震でも水害でも共通して一番有効。


■④ 停電と水害はセットで起こる|医療トラブルが同時多発

水害では停電が同時に起こる可能性が高い。
これは老人ホームにとって最悪の組み合わせ。

● 酸素機器停止
● 電動ベッドが動かない
● 暗闇でパニック
● 火災報知器が誤作動することも

「停電した瞬間に医療トラブルが起きる」という前提で準備しておくのが必須。


■⑤ 避難用シート・担架を“各フロアに”常備する

車椅子で階段を降りるのは不可能。
だから、避難シートが必須装備になる。

● 担架
● すべり搬送シート
● 階段用キャリー
● 車椅子を固定して階段搬送できる器具

これらは、火災・地震・水害すべてに使える“共通の避難装備”。


■⑥ 認知症の方への水害対応が最大の現場課題

浸水時は、認知症の入居者がパニックになりやすい。

● 職員の声かけに反応しない
● 自室へ戻ろうとして迷子になる
● 手すりを離さず動けない
● 水や音で興奮しやすい

声かけのポイントは「短い言葉・ゆっくり・繰り返し」。
パニックを抑えるため、安心感を与える声のトーンが重要。


■⑦ 水・食料は“最低10日間”が高齢者施設の基準

一般家庭では3〜7日分の備蓄が推奨されている。
だが、老人ホームは 10日以上が必須

理由:

● 職員の確保が難しい
● 物流が優先的に届きにくい
● 医療食・介護食が必要
● 水の使用量が一般家庭の2〜3倍

特に水は多めに必要。
経管栄養・吸引・清拭で使用量が跳ね上がるためだ。


■⑧ 車中避難は“原則不可”|高齢者は体調を崩す

老人ホームでは、車中避難は現実的ではない。

● エコノミークラス症候群のリスク
● 体温調整が困難
● 排泄介助が難しい
● 多人数を収容できる車がない

車は“搬送用”であり、“避難生活用”ではない。


■まとめ|水害に強い老人ホームは「判断の早さ」が命を救う

老人ホームの水害対策は、一般家庭よりもはるかに難しい。
しかし、次のポイントを押さえるだけで生存率は大きく上がる。

● ハザードマップで危険度を把握
● 避難は“夜間を想定”して計画
● 最優先は上階への垂直避難
● 医療依存者への停電対策
● 認知症ケアを含めた避難動線
● 10日以上の備蓄確保

高齢者施設の防災は、「時間との勝負」。
早めの判断と準備が、入居者の命を守る唯一の方法になる。

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