【元消防職員・防災士が解説】老人ホームの“地震対策”で必ず押さえるべきポイント|転倒・停電・避難の弱点をどう補うか

老人ホームの地震対策は、一般家庭とはレベルが違う。
入居者の多くは自力移動が難しく、転倒・停電・混乱が同時に発生するため、わずか数秒の揺れが命に関わる。

ここでは、現場経験をもとに「老人ホームが地震前に必ずやるべき対策」をまとめる。


■① 家具固定は“家庭の3倍レベル”で行う

老人ホームの最大の弱点は“家具転倒による負傷”。

● タンス・収納棚はL字金具で固定
● 収納内部も滑り止めで“飛び出し防止”
● ベッド周辺には家具を置かない
● テレビは壁掛け or 転倒防止ワイヤー
● 食器棚はラッチ付きでロック徹底

地震のケガは「物の下敷き」が圧倒的に多い。
固定を徹底するだけで、入居者の生存率は劇的に上がる。


■② 夜間の揺れを想定した“暗闇の避難動線”を整える

地震は深夜に起きてもおかしくない。
老人ホームの夜勤帯は少人数のため、動線が命を左右する。

● 廊下に非常灯(足元灯)を必ず設置
● 物を置かず“完全な一本道”にする
● スリッパ・杖の散乱を防ぐ収納
● 手すりをフロア全体で連続させる

「暗闇でも職員1人で誘導できる動線」が、安全な避難計画の基準。


■③ 揺れが止まった瞬間にやるべき“初動3ステップ”

老人ホームの職員は、揺れが止まった後が本番。

入居者の無事を確認(声かけ)
エレベーター停止の確認
火災・漏水・倒壊のチェック

エレベーターが復旧するまで、車椅子利用者は階段を使えない。
この段階で状況を誤ると“大量の取り残し”が発生する。


■④ 医療依存度の高い入居者対策は地震でも必須

地震による停電で最も危ないのは“医療器具が止まること”。

● 酸素濃縮器の停止
● 電動ベッド停止による体位変換の遅れ
● 経管栄養ポンプの停止
● 吸引器の動作不良

対策はシンプルで、

ポータブル電源の常備
予備ボンベ・予備吸引器の確保

停電は数時間〜半日以上続く可能性があるため、医療機器の“手動運用”を想定する必要がある。


■⑤ 地震後は“水・トイレ・食事”の維持が最大の課題

地震で水道が止まると、老人ホームは一気に機能不全になる。

● 清拭・手洗い・排泄介助ができない
● 調理が止まる
● トイレ渋滞 → 感染リスク上昇

備蓄量は最低10日分が必須。

● 飲料水
● 介護食・ソフト食
● 浄水ポリタンク
● 簡易トイレ(入居者数の3〜5倍)

高齢者施設は「水が止まる=即アウト」。
“非常時の生活維持力”が地震対策の核心になる。


■⑥ 認知症フロアは地震時のリスクが最も高い

地震後の混乱で、認知症の入居者は以下の行動が増える。

● 徘徊
● 叫ぶ・興奮する
● ベッドから立ち上がる
● 職員の指示が通らない

対策のポイントは、

短い指示を3回くり返す
静かな声で安心感を与える
手を握って誘導する
職員の配置を増やす(可能なら応援体制)

「声かけ」で混乱を抑制できるかが、事故率を大きく左右する。


■⑦ エレベーター停止を前提に“階段避難計画”を作る

地震後、エレベーターは安全確認が終わるまで動かない。
これは、老人ホームにとって致命的。

● 車椅子利用者をどう降ろすか
● 担架・シート搬送の担当を誰にするか
● 階段の幅と角度は問題ないか
● 何分で全員移動できるか

特に“階段の詰まり”は大事故につながる。
実際に訓練し、計測しておくのが現実的。


■⑧ 津波・土砂災害の併発も想定する

沿岸部・斜面地にある老人ホームは特に危険。

● 揺れ → 停電 → 避難指示 → 豪雨
● 揺れ → 建物損壊 → 土砂流入
● 揺れ → 津波発生

「地震だけ」で終わらないことを前提に動く。

上階避難・車両避難・応援要請までを含めた“複合災害マニュアル”が必要。


■まとめ|老人ホームの地震対策は“準備の質”で命が決まる

老人ホームの地震対策は、家庭よりも遥かに複雑で、逃げるだけでも大きな労力が必要。

施設が備えるべき本質は次のとおり。

● 家具固定は“徹底的に”
● 夜間の避難動線を整備
● 医療依存度の高い入居者への停電対策
● 水・トイレ・食事の10日備蓄
● 認知症ケアを前提に誘導計画
● 階段避難の訓練と時間計測
● 複合災害マニュアルの整備

地震はいつ来るかわからない。
しかし、準備の差で“救える命”は確実に増える。
施設の特性に応じた防災力を高め、入居者と職員を守る体制を強化してほしい。

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