【元消防職員・防災士が解説】防災×山の事故③|“下山こそ最大の危険”と知らない人が多すぎる

山の事故の約7〜8割は「下山中」に起きている。
これは山岳救助の現場では常識だが、一般登山者にはまだ十分知られていない。

“登りが終わった瞬間に一番危険が始まる”。
この逆転した構造こそが、山の事故の本質だ。


■① 下山中は“疲労×油断×スピード”の3要素が重なる

山で最も事故が多いのは、体力が消耗し、達成感で気が緩む下山フェーズ。

● 足が上がらずつまずきやすい
● 膝・太ももへ大きな負荷
● 景色を見ながらスピードが出る
● 早く帰りたい心理で判断が雑になる

この状態は、道路でいえば
「集中していない高速運転」のような危険さ。


■② “登頂=ゴール”と勘違いしてしまう心理が危険を招く

多くの事故者が同じ言葉を口にする。

「登りきった安心で気が抜けた」
「もう終わりだと思っていた」

しかし実際のゴールは山頂ではなく、
自宅に帰るまで

達成感は行動の質を大きく下げる。
防災の世界ではこれを
「完了錯覚」と呼び、大きな事故原因になる。


■③ 下山ルートは“登りより危険要素が多い”

下山は重心が前に傾きやすく、転倒リスクが格段に高い。

● 段差を降りるたびに足への負担
● 濡れた岩・木の根が滑りやすい
● 下り坂で止まれない
● 崩れかけた箇所が見えにくい

特に「急登の逆側」は危険が倍増する。
体力を奪われた身体では、わずかな段差が致命傷になることもある。


■④ 日没・天候悪化・寒さ…下山のほうが環境リスクが高い

昼に山頂へ着いても、帰り道は夕方。

● 気温が一気に下がる
● 視界が悪くなる
● 風が強まる
● 雨が降る確率が高い

山は午後以降に悪天候が増えやすい。
そのため下山時間が遅れると、
“最も弱った状態で最も悪い環境に突入する”ことになる。


■⑤ 下山事故の代表パターンはこの3つ

実際に多い事故をまとめる。

● スリップ・転倒
● 道迷いで斜面に入り込み動けなくなる
● 疲労で足が動かず救助要請

特に三番目は想像以上に多い。
「少し休めば動ける」と思っても、
体温低下で回復せず、そのまま動けなくなるケースが多発している。


■⑥ 下山事故を劇的に減らすための“5つの鉄則”

防災士の視点から、事故確率を下げる方法をまとめる。

● 山頂で長居しない(疲労×寒さで低体温のリスク)
● 下山は“登山の本番”と意識する
● 雨の前に必ず下山開始
● 休憩はこまめに短く
● 下山用のエネルギー補給を残しておく

特に最後の「後半用の糖分補給」は効果が大きい。
脳の判断力が回復し、歩行の安定につながる。


■⑦ 経験者ほど下山で事故を起こす理由

山岳事故統計では、経験者の事故も多い。
理由は明確で、
“経験=油断”の構造。

● 過去の成功体験に引っ張られる
● 「このルートは慣れている」と過小評価
● 危険を避ける意識が弱まる

防災の世界でも、慣れた作業ほど事故が増える。
山も同じだ。


■まとめ|下山は“登りの倍の集中力”が必要

山の事故のほとんどは、“登山の終盤”に起きる。

● 疲れている
● 油断している
● 帰りたい
● 日が落ちる
● 足に力が入らない

この「複合リスク」が同時に重なるのが下山。

だからこそ──
「山頂に着いた瞬間、ギアを上げる」
これが安全登山の最大のコツ。

命を守る登山の本質は、
“安全に帰宅すること”である。
そのために、下山の防災意識を何よりも高めてほしい。

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