今では日本の災害対応の中心となっている
緊急消防援助隊(ERFT)。
しかし、最初から存在していたわけではない。
その発足の背景には 「阪神・淡路大震災の教訓」 がある。
ここでは、消防職員として現場を経験した立場から、
緊急消防援助隊が作られた理由をわかりやすく解説する。
■① 阪神淡路大震災が“発足の決定打”になった
1995年1月17日、
阪神・淡路大震災(M7.3) が発生。
わずか数十秒で都市が崩壊し、
● 建物倒壊 → 約9割が圧死
● 火災が多数同時発生
● 道路寸断
● 消防車が現場へ行けない
● 通信断絶
● 救助要請が爆発的に増加
という状況になった。
特に深刻だったのは、
「被災地域の消防本部だけでは絶対に対応できない」
という現実だった。
全国から消防が自主的に駆けつけたが、
● 指揮系統がバラバラ
● どこへ向かえばいいかわからない
● 電波が使えない
● 統一された救助ルールがない
混乱が生まれ、「全国消防の力が十分に生かされない」
という大きな課題が明らかになった。
■② 「全国から統一指揮で動ける仕組みを作ろう」が始まり
阪神・淡路大震災の反省から、国は決断する。
→ 大規模災害時に 全国の消防が “1つのチーム” として動ける仕組みを作るべきだ
これが、緊急消防援助隊の構想の始まり。
翌1996年、消防庁は制度づくりを開始し、
1995〜2000年にかけて段階的に全国整備 が進む。
■③ 2000年に制度化され“全国運用”が本格スタート
緊急消防援助隊は、
● 消防庁が指揮・調整
● 全国の消防本部を登録
● 災害発生時に国が派遣命令
● 大規模災害へ全国から部隊を派遣
という制度として2000年に正式運用。
“国が全国消防を動かせる”
という仕組みは、日本の災害史の中でも革命的だった。
■④ 発足の背景には「災害の巨大化」もあった
1990〜2000年代にかけて、
日本では災害の大型化が続いていた。
● 雲仙普賢岳の火砕流
● 北海道南西沖地震(奥尻津波)
● 広域土砂災害
● 豪雨災害の増加
こうした災害が年々増え、
自治体単独ではカバーできない現実があった。
→ 国家レベルで消防力を統合する必要性
が高まっていた。
■⑤ 東日本大震災で“緊急消防援助隊の真価”が発揮された
2011年、東日本大震災では
● 全国から約28,000名
● 約1,300隊以上の部隊
● 過去最大の広域派遣
が行われ、“全国消防が一つの部隊になる”仕組みが
命を救うことを証明した。
震災後、この体制はさらに強化されていく。
■まとめ|緊急消防援助隊は“教訓から生まれた命の仕組み”
この記事のポイント。
● 発足の背景は「阪神・淡路大震災の深刻な教訓」
● 被災地の消防だけでは対応できない現実があった
● 全国消防を統一指揮で動かすために制度化
● 2000年に本格運用がスタート
● 東日本大震災でその必要性が完全に証明された
結論:
元消防職員として断言します。 緊急消防援助隊は“悲惨な経験を二度と繰り返さないため”に生まれた。 日本が世界有数の災害対応力を持つのは、 この教訓を制度に変えた努力の賜物です。

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