【元消防職員が解説】事故後の聞き取り調査とは?安全文化を育てる相互信頼感のつくり方

事故やヒヤリ・ハットのあとに本当に大切なのは、「誰が悪かったか」を急いで決めることではなく、「何が起きて、なぜそうなったのか」を丁寧に明らかにすることです。東京消防庁安全推進部が紹介している聞き取り調査の考え方は、まさにそのための実践です。特に印象的なのは、事故調査のカギを“相互信頼感”に置いている点です。安全文化は、ルールを増やすだけでは育ちません。人が安心して事実を話せる環境があって初めて、再発防止につながる本当の学びが生まれます。


■①(なぜ聞き取り調査が重要なのか)

事故分析では、現場で何が起きたのかを正確に把握することが欠かせません。特に重要なのは、「当時、何を見て、聞いて、感じて、どう判断して、どう行動したのか」という人の認知と行動の流れです。事故の約80%はヒューマンエラーに起因するとされており、設備や手順だけでなく、人の判断過程をたどることが再発防止の中心になります。ただし、人の記憶は曖昧で、時間の経過とともに薄れたり変わったりします。だからこそ、聞き取り調査には専門的な配慮と技術が必要です。


■②(聞き取りが難しいのは“記憶”と“心理”が絡むから)

事故の当事者は、ただ事実を思い出せばよいわけではありません。緊張、後悔、恐怖、責任への不安などが重なると、記憶は引き出しにくくなります。しかも、事故後は「責められるのではないか」「評価が下がるのではないか」という気持ちが生まれやすく、話す内容が無意識に縮んでしまうこともあります。防災士として見ても、災害や事故の直後は、人は事実以上に“話しにくさ”を抱えます。だから調査では、正しさを押しつけるより、安心して話せる場を整えることの方が先になります。


■③(認知面接法と傾聴法がなぜ有効なのか)

東京消防庁では、心理学分野で応用されている「認知面接法」や「傾聴法」を用いた聞き取り調査要領を作成しています。認知面接法は、調査対象者に会話のコントロール権をできるだけ持たせ、自由な報告を通して記憶の想起を最大限に引き出すことを目的とした方法です。つまり、調査員が答えを誘導するのではなく、本人の記憶の流れを大切にするやり方です。これに傾聴の姿勢が加わることで、当事者は責められる感覚ではなく、理解されながら話せる感覚を持ちやすくなります。


■④(調査員の心構えが安全文化を左右する)

聞き取り調査の目的は、ルール違反の指導や責任追及ではなく、再発防止です。この前提がぶれると、当事者は本音を話せなくなります。「なぜそんな判断をしたのか」「なぜ気づかなかったのか」といった問いは、調査員側に悪気がなくても、責められているように受け取られやすいです。元消防職員として現場感覚で言うと、事故のあとは誰より本人が一番苦しく、頭の中で何度も振り返っています。そこへさらに圧をかければ、事実ではなく防御の言葉が増えます。安全文化を育てるには、調査員が“裁く人”ではなく“再発防止のために一緒に整理する人”であることが重要です。


■⑤(調査のタイミングと時間に配慮する意味)

事故発生後24時間で記憶の量と質が急激に低下するとされており、聞き取りはできるだけ早い方がよいとされています。ただし、早ければ何でもよいわけではありません。長時間活動の直後や、十分な仮眠が取れていない状況では、休息を優先すべきです。さらに、事故関係者が惨事ストレスを抱えている場合には、その負担にも配慮しなければなりません。思い出す作業そのものが疲労とストレスを増やすため、1時間程度に区切る考え方も非常に実務的です。安全文化は、情報を取る側の都合だけで進めないことから始まります。


■⑥(場所と座り方まで工夫する理由)

聞き取り調査は、どこで、どう座って行うかも大切です。盗み聞きされない個室で、静かで集中できる場所を選び、調査対象者が安心して話せる環境を整える必要があります。さらに、調査員と真正面で向き合うのではなく、90度の位置関係や1~3メートルの間隔を保つとよいとされています。こうした配慮は細かく見えますが、相手に無駄な緊張を与えないためにはとても重要です。被災地派遣やLOの現場でも、話しやすさは内容そのものに大きく影響します。人は安心できる位置関係でこそ、思い出しにくいことも言葉にしやすくなります。


■⑦(ラポールが事故調査の質を決める)

ラポールとは、調査員と調査対象者が対等な協力関係に基づいて、お互いに信頼し尊重し合う心的状態のことです。東京消防庁の考え方で特に大切なのは、このラポールを雑談や丁寧なあいさつ、主旨説明を通じて意識的につくることです。たとえば、経歴や趣味、休日の過ごし方など、事故と関係のない話題で5分ほど雑談するだけでも、緊張はかなり和らぎます。これは“遠回り”ではなく、結果として本題の質を上げるための大事な準備です。防災士として見ても、信頼がない場では表面的な答えしか出ません。逆に、相互信頼感がある場では、事故に直結しない背景情報まで出てきやすくなります。


■⑧(今日できる最小行動)

今日やることを1つに絞るなら、事故やミスの聞き取りをする立場の人は、最初の質問を1つだけ変えてみてください。
「なぜそうしたのですか?」ではなく、
「その時、何を見て、何を聞いて、どう感じて、どう判断したかを順番に話してください」
この聞き方に変えるだけでも、責める空気はかなり減ります。安全文化は、大きな制度変更だけでなく、最初の一言の変化から育っていきます。


■まとめ|聞き取り調査の質は“相互信頼感”で決まる

事故後の聞き取り調査では、事実情報の収集が不可欠ですが、そのためには相手が安心して話せる環境づくりが欠かせません。認知面接法や傾聴法、調査のタイミング、時間配分、場所の選定、座り方、ラポールの構築、オープン質問の活用。これらはすべて、責任追及ではなく再発防止のためにあります。安全文化とは、ミスを隠さない文化であり、その前提には「話しても大丈夫だ」と思える相互信頼感が必要です。

結論:
事故後の聞き取り調査で最も大切なのは、“正しい答えを引き出すこと”ではなく、“相手が安心して事実を話せる相互信頼感をつくること”です。
元消防職員として現場感覚で言うと、事故の再発防止は、厳しい言葉より、丁寧な聞き方の方が前に進みます。安全文化は、責める文化ではなく、学べる文化として育てることが大切だと強く感じます。

出典:Jレスキュー2025年1月号「東京消防庁安全推進部による『安全文化』醸成のヒント【第2回】聞き取り調査編…カギは相互信頼感」

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