【防災士が解説】被災地での“直接支援”と“助成支援”の2本柱|日本財団が30年続けてきた災害支援の裏側と未来

2025.03.14

災害が相次ぐ日本で、「被災地をどう支え続けるか」。
1995年の阪神淡路大震災から30年間、現場に寄り添い続けてきた団体があります。
それが公益財団法人・日本財団です。

日本財団の災害支援には大きな特徴があります。

● 現地に入り、直接ニーズに応じて支援する「現場支援」
● NPOや地域団体へ資金を渡して活動を支える「助成支援」

この2本柱で、多くの災害現場を支えてきました。

この記事では、
・能登半島地震でのリアルな支援の流れ
・物資輸送の裏側
・300団体以上に助成した理由
・阪神大震災から始まった日本の「支援の進化」
・災害に備える新たな取り組み
を、防災の視点でわかりやすくまとめます。


■1月2日、能登へ。現場に走るベテラン職員の“即応力”

2024年元日に発生した能登半島地震。
翌2日、日本財団の災害対応スタッフはすぐに東京の倉庫から水・食料・救援用具を車に積み込み、能登へ向かいました。

現地での役割の中心は「技術系ボランティアの調整」。
土木業者、消防士、重機経験者など、プロのスキルを持つボランティアが集まり、孤立集落へのルート開拓、倒壊家屋からの貴重品・車両の救出など、多くのニーズに対応しました。

現場のチームをまとめ、必要な場所に必要な人材を配置する――
これが日本財団の“現場力”です。


■物資輸送ができない…その壁を越えた「海上輸送」

能登では道路寸断が多く、救援物資が届きにくい状況でした。

そこで日本財団が行ったのが
トラックごと輸送船に積み込み、海から運ぶ
という初の試み。

発電機、燃料、水循環式シャワーなどを積んだトラックが輸送船で輪島港・飯田港へ。
1月11日には第1便が避難所や福祉施設に到着しました。

海上輸送は、
● 大量輸送が可能
● 災害時の陸路遮断に強い
という大きな利点があり、今後の災害対応のモデルにもなります。


■支援のもう一つの柱「助成」|被災者の生活を支える団体を後方から支援

日本財団は現場支援だけでなく、
NPO・地域団体の活動に資金を助成すること
も大きな役割としています。

・避難所や在宅避難者の生活改善
・仮設住宅での見守り支援
・高齢者・障害者支援
・地域のコミュニティ形成
など、復旧・復興の各段階で必要な活動に資金を投入。

2024年の1年間では、
327団体へ合計約10億円を助成。

また能登では「能登らしさ」を取り戻す活動への支援も行いました。
・倒壊住宅から能登瓦を回収して再利用
・地元の祭りの復活
・住民と支援者が交流できる場の整備

地域に根づく文化の再生は、被災者の心の復興に直結します。


■阪神大震災が転機|“ボランティア元年”から始まった支援の進化

日本財団が災害支援を本格化させたのは1995年の阪神淡路大震災。
全国からボランティアが集まり、災害支援の在り方が大きく動いた年でもあります。

当時は手探り状態で、職員が避難所や団体を訪ね回り、活動を聞き取り、その場で資金を振り込みました。
この経験から、
● 災害時の緊急助成の仕組み
● 財団自ら現場で活動できる体制
が整えられ、東日本大震災・熊本地震・西日本豪雨などへとつながっていきます。

日本の災害支援は、こうした試行錯誤の上に進化してきました。


■「災害対策事業部」の誕生|平時から備える仕組みづくり

2020年、日本財団は「災害対策事業部」を発足。
目的は “平時から備える社会”をつくること

主な取り組みは以下の通りです。

● 災害対策拠点の設置(佐賀県大町町、千葉県木更津市)
● 小型重機を使う土砂撤去などの研修
● 災害時の住民支え合い行動を学ぶプログラム
● 官民連携の手引き作成
● 財団内の防災関連事業のサポート

一般の市民も参加可能で、誰もが“災害に強いスキル”を身につけられる仕組みです。

災害支援は特別な人だけのものではありません。
普段の仕事や趣味のスキルが必ず役立ちます。


■「みんなが、みんなを支える」社会へ

南海トラフ地震、首都直下地震など、巨大災害は避けられません。

だからこそ、
地域の自助・互助の力を高め、外部支援をすぐ受け入れられる体制が重要です。

日本財団は、
いざという時に社会全体が被災者を支えられる仕組み
をつくり続けています。

災害はいつ起きるか分かりません。
しかし、「備える仕組み」はつくることができます。

これこそが、未来の命を守る防災です。

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